相談員の紹介
《 任意売却119番・総合相談ポリシー 》
主に東京と大阪を担当している相談員が集まって勉強会を行った時の記念写真です。北海道から九州までの相談員が全員が集合することはなかなかありませんが、日頃からお互いに情報を交換し合って、サービスの向上に努めています。
任意売却119 代表コンサルタント 富永 順三
<経歴>
大阪府堺市出身 (父は宮崎・母は京都)
大阪市立大学 大学院卒。
大手企業、経営コンサルタント、阪神大震災復興支援NPО、経済振興財団を経て現職。
元関西いのちの電話専門相談員、経済産業省・各市・商工会議所委員多数。
中小零細の事業支援実績が認められ04年に中川大臣(故)より”経済産業大臣賞”を受賞。
○趣 味 : 映画・ミュージカル、小旅行、ボランティア、食べ歩き
○好きな食べ物 : カレー、ラーメン、お好み&たこ焼き、納豆、梅干し
○好きな言葉 : 喜ぶ者と一緒に喜び、泣く者と一緒に泣きなさい
○愛読書 : 聖 書
”競売体験者” だからわかります
「あぁ、もっと早く知っていれば父・母もきっと救われたに違いない・・・」
これは、私が「任意売却」という言葉を初めて知った時に思ったことでした。
私は大阪の堺市で生まれ育ちました、父・母と小さな自宅での3人住まい。
小さいながら幸せな日々を送っていました。
しかし、私がまだ小学校~中学校の頃だったと思いますが、父が保証人となっていた旧友の方が借金により蒸発し、その負債を私達が負わなくてはならなくなったのです。
急に襲いかかった多額の借金。私達の生活は一変しました。
その為に母もフルタイムで働くことになり、なんとか毎月の返済をやりくりする日々。
しかし今よりも高金利な時代、その返済は収入だけでは間に合わなくなり、借金を返済する為にまた高利な借金を繰り返し、見る見る間に雪だるまのようにローン地獄へと落ち込んでいきました。
父母は夜遅くまで仕事をしている為、日中借金取りの応対をするのは、まだ10歳そこそこの子供の私でした。
今のような法律の規制も無かったまさしく”なにわ金融”真っ盛りの時代、学校から帰れば自宅のドアに大きく「金返せ!」という張り紙があり、早朝から深夜まで、連日筆舌に尽くしがたく凄まじい取り立ての日々でした。
ある日母が私の手をとり、夜中の町を歩きながら死に場所をさまよったこともありました。
(その時は、それを察したタクシーの運転手さんに声をかけられ、救われたのです)
何年もそのような日々が続いていたのですが、父母の頑張りや、多くの方々の応援・支援により、なんとかそのような取り立ても落ち着いてきて、ようやく平穏な日々が訪れた・・・と思っていた矢先です。
その日は突然やってきました。
そう、あれは、春休みのもうすぐ桜が満開になろうかとしている穏やかなある朝。
私の家の呼び鈴が”ピンポーン”と鳴ったのです。
なんの疑いも無く、私が引き戸をガラガラと開けたところ、そこには大きな男の人達が6~7人、険しい表情をして並んでいました。
「えっ!?」と思った次の瞬間 、最前列の男性が白い紙を見せ、「只今より強制執行を行います」と宣言したのと同時に男達は一斉に家の中に入り込み、テレビや冷蔵庫、家具等に白い紙を張っていったのです。
一連の作業を茫然と見守っていた私に「全ての物は動かしてはいけません、そして今日中に立ち退いてください」と告げ、住みなれた実家を強制的に追い出されたのです。
これが『強制競売』の行く末に待ち受けている『強制執行』でした。
私の脳裏には今もハッキリと、まるでスローモーションのように当時の様子が瞼に浮かびます。
そして、
父の疲れきった表情。
母の辛く悲しい泣き崩れた姿。
近所やまわりの方々の同情とともに、かわいそうに・・という冷たい表情。
近くにいた親戚は、我が家との関係をもつことを怖がり、身を寄せることも断られ、みじめで悔しい日々を過ごしました。
その日から10数年、父母とは別れ別れになってしまい、まさしく「ホームレス高校生」となりました。
だからわかるのです。
借金に追われ、電話に出るのも怖く、夜も電気をつけずに息をひそめて過ごした日々。
いきなり家を失い、失望と絶望に追い込まれて過ごした日々。
その辛さ、寂しさ、苦しみは、経験した者、なのでわかります。
ですから、“ 任意売却 “という方法を知った時、
“事業再生、企業再生、債務圧縮 “という救済方法があるのだと知った時、
もっと多くの方々に知っていただきたい、困っている方々に少しでも安心していただきたい!と思い、そして立ち上げたのがこの「任意売却119番」です。
景気悪化による収入減、病気、離婚、リストラ、倒産・・・
真面目に頑張っていても苦難は突然に襲いかかってきます。
そんな時、あきらめないでください。
突然病気で倒れた時に救急車を呼ぶように、住宅ローンや借金で困ったら先ずは電話で相談できる所を・・という思いで、「119」という名称を付けました。
困ったらいつでもお電話ください。
そして、一緒にまた新しい生活を築いていきましょう。
富永 順三
<ごあいさつ>
当事務所は企業法務から個人法務まで幅広い法律分野に対応できる総合法律事務所です。
個人法務部門では、離婚、借金などの個人のみなさんがかかえる法律のお悩みにも対応しています。
「借金や離婚、労働問題――。悩んでいる方々のために真に頼れる“力”になりたい。」
「心からの笑顔で毎日過ごせる環境づくりを支援したい。」
――― 「すべての依頼者に最良のサービスを。」を合言葉に、私たちは法律で悩んでいる方々からの相談をお受けしています。
「弁護士に相談するのは初めて。」という方にも安心して相談できる法律事務所を目指しています。みなさんからのご相談をお待ちしています。
<論文・著書>
「PFIにおける実務と法的論点に関する若干の考察(13)」PFI NEWS 第61号(2003年)
「PFI実務のエッセンス」(共著、有斐閣、2004年)
「日本における弁護士紹介サービスに対する規制と現状に関する考察」国際商事法務第34号(2006年)
「ネット商売をやる人の法律知識」(監修、中経出版、2006年)
「こんなときどうする 製造物責任・企業賠償責任Q&A ?その対策のすべて?」 (共著、第一法規、2007年)
「会社の法律がなんでもわかる本」(共著、日本実業出版社、2007年)
「そのまま使える契約書式文例集」(監修、かんき出版、2007年)
「刑事と民事 こっそり知りたい裁判・法律の超基礎知識」(著書、幻冬舎、2008年)
<社会活動>
サッカー
・ 弁護士ワールドカップ2006年日本代表
・ 弁護士ワールドカップ2004年日本代表
・ 慶應義塾大学体育会サッカー部(全日本大学選手権1994年優勝校)
弁護士 谷口 純一
<経歴>
大阪弁護士会所属
甲陽学院高等学校 昭和58年(入学)~昭和61年(卒業)
一橋大学 昭和62年(入学)~平成4年(卒業)
三井信託銀行 平成4年(入社)
司法試験合格 平成15年
弁護士登録 平成17年
常に前向きであることをモットーに働いています
私は、大学を卒業し就職するまでは、特に大きな人生経験をすることなく、どちらかといえば順風満帆な人生を歩んできたと思います。
しかし、その後はそれなりの経験をし、現在に至っております。
銀行に就職したのですが、東京の支店に配属され、同支店内で知り合った現在の妻と社内恋愛が始まりました。
ちょうどその頃、神戸の実家が倒産し、実家では、借金取りに脅迫されるわ、追われるわで夜逃げとなりました(その為、私は現在でも小・中の同窓会では行方不明扱いみたいです。)。さらに、その後、夜逃げ先も阪神大震災により倒壊し、数年間の仮設住宅暮らしとなりました。そのような状況であったことから、私は、会社に関西への異動願いを出して、大阪の支店へ異動となりました。
異動先では、会社の寮もありましたが、一緒に苦労したいと思い、両親と弟とともに仮設住宅で暮らすこととしました。仮設住宅は、公園の中にあり、冬はすきま風が吹き込んで寒く、夏は灼熱地獄でした。人間どんな所でも暮らせるものであると痛感しました。
そんな状況を理解したうえで妻は私と結婚してくれました。
私自身、実家が倒産して家を取り上げられ、借金取りに追われるという経験もあり、また、銀行の業務にも疑問を感じていたことから、一念発起して、最難関の司法試験を受験しようと決意するに至りました。
当然、安定した就業先であることから、銀行を辞めるに際しては、各方面からの反対がありましたが、絶対合格して弁護士になると宣言して、受験勉強を始めました。
受験期間中は、妻がパートで働き、私が勉強に専念するといういわゆるヒモの状態で生活を送っていました。途中、後天性のアトピー性皮膚炎を発症し、1年以上は勉強できない状態となる等、苦労もしましたが、苦しい家計でありながら、非常に充実した受験生活を送っていたと思います。
そして、司法試験に合格し、念願の弁護士としてようやく活動できるようになりました。
また、結婚して10年で子宝にも恵まれるという幸運も手にし、現在、公私ともに充実した日々を送っています。
人生楽あれば苦あり、七転び八起きといいますが、その通りだと思います。
弁護士 鈴木 敬一
スタート法律事務所
代表弁護士 弁護士 鈴木 敬一
<経歴>
大阪市立大学法学部卒業
不動産鑑定士事務所勤務
大阪弁護士会所属現在に至る
<得意分野>
不動産問題・・売買問題・賃貸問題・相続問題等
会社法務・・・取引に伴うあらゆる場面の問題
借金問題・・・個人再生・自己破産・任意整理
その他 ・・・残業代請求・相続・離婚等
人生は次から次へと絶え間なく悩み事・トラブルに見舞われます。
病気の場合は、一般的に、あまり辛抱せずにドクターにかかって直す努力をします。
でも、病気以外の悩み事・トラブルの場合は、自分で抱え込んでしまってなかなか外へ発信しません。
ましてや、法律問題で弁護士に相談するなどということは、どこに相談していいか方法も分からないし費用などの点で敷居が高くて踏み切れず、間違った処理をしたり、問題がこじれてしまうケースが多いと思います。
しかし、案ずるよりは産むが易しで、弁護士の知恵・経験を生かしてタイムリーに適切な法的処理をすれば、期待以上の解決がえられることがあります。
当弁護士事務所は、インターネットを通じて広く一般に発信し、気軽に相談ができ、適切な費用で解決の依頼ができる市民感覚の弁護士事務所をめざすことによって、皆様に法的サービスを提供したいと思っています。
弁護士 廣田 真穂
<経歴>
大阪弁護士会所属
大阪大学法学部卒業
平成20年 弁護士登録
<ひとこと>
皆様の信頼にお応えして解決に全力を尽くします。
弁護士 宮崎 晃 (九州担当)
<経歴>
福岡県立大牟田南高等学校(普通課)卒業
航空自衛隊(第86期一般幹部候補生)入隊
中央大学卒業
福岡大学法科大学院卒業
最高裁判所 司法研修所修了
弁護士登録(福岡県弁護士会)
東法律事務所入所
弁護士法人デイライト法律事務所開設
弁護士というと、世間では「エリートで敷居が高い」といったイメージもあるようです。
私は、学生時代、決して優等生というわけではありませんでした。
また、昔から法律家になりたかったというわけでもありません。
私は、高校時代、戦闘機パイロットになりたいという夢を持っていました。
でも、家庭は生活保護世帯でありとても貧しく、経済的な理由から、大学へは進学できませんでした。
そこで、通信課程で勉強し、航空自衛隊へ入隊し、念願のフライトコースへ進みました。
しかし、訓練の途中でコースアウトとなり、結局、戦闘機パイロットの夢は絶たれてしまいました。
人生の目標を失った中で、その悔しさをバネに、より大きな目標へ向かうことにしました。
それが、当時、最難関と言われていた司法試験への挑戦でした。
そして、働きながら、大学で法律を学びました。
このように、私は決してエリートではなく、むしろ人生において大きな挫折を経験しています。
しかし、その挫折があったからこそ、子どもの頃にはまったく考えもしなかった
「法曹」という素晴らしい仕事に就くことができました。
弁護士となった今、毎日相談者の方と接し、事件を一つひとつ解決していくことで、
仕事に対し、大きなやりがいと誇りを持っています。
法律相談に訪れる方の中でも、住宅ローンの問題を抱えた方の悩みは深刻です。
私は、自分自身が挫折を経験しているからこそ、相談者の方と同じ目線立って、再出発させたいとの思いで業務に取り組んでいます。
相談者の方は、一人で悩まず、気軽にご相談いただければ幸いです。
司法書士 吉岡 清志
<経歴>
昭和23年 大阪市にて出生
昭和46年 大阪市立大学法学部卒業
昭和46年 積水化学工業(株)入社
平成14年 積水化学工業(株)早期退職
平成18年 司法書士試験合格
私は、昭和46年大阪市立大学法学部を卒業して、同年、積水化学工業(株)に入社しましたが、平成14年の時、54歳で同社を早期退職して勉強し、平成18年、58歳で司法書士試験に合格いたしました。
早期退職しましたのは、定年まで後6年を勤め上げて、年金生活に入るよりも、思い切って、新しい第二の人生を生きてみたいと思ったからです。
合格後、「多重債務の整理」を中心に活動して参りましたが、今、司法書士として感じますのは、格差社会の大きな弊害です。非正規社員が、全労働者の3分の1を占め、働く意欲も能力もあるのに就業できない方、突然のリストラ、生活保護世帯の増加、そして、年間3万人以上の自殺者。それに付け入るヤミ金融等の悪質な犯罪的ビジネスの横行等々。
一時「自己責任」という言葉が横行しましたが、例えば、交通事故による後遺症・本人、家族の病気・会社の倒産によるリストラ等は、「自己責任」の範囲を大きく超えており、決して本人の責任では有りません。そして、そのような事態は、明日、誰の身にも起こり得るものです。
その時に、どのように対処するかによって、その後の人生が変わると思います。本人は、経済的にも精神的にも、非常に苦しい状態にあるとは思いますが、一人で抱え込まず、早く、専門家に相談される事が解決の第一歩だと思います。
私は、今まで千人近くの依頼者の「債務」を整理してきましたが、解決できない「借金問題」は存在しないと確信しております。解決した時の、依頼者の方の、ほっとした安堵の表情・笑顔が私の喜びです。
大事なのは、当面の借金問題を解決することよりも、その後の、本人の努力・家族の協力による、生活の再建なのです。
私は、街の法律家・暮らしの法律家として、あなたとの面談・相談を通じて、あなたの置かれている状況を的確に把握し、あなたの今後の生活再建を含めて、あなたに一番良いと思われる方法を提示し、あなたの了解の下、その実現をはかります。
あなたに、満足して感謝していただける事が、私自身の喜びであるような、そういう司法書士の人生を歩みたいと願っております。
相談員 日竎 智之

<経歴>
・1996 大阪大学法学部 卒業
・住友信託銀行 10年間勤務
(不動産部門、融資部門)
・不動産コンサル会社
~現在に至る。
《資格》
・1級FP技能士
・不動産鑑定士
・不動産コンサルティング
技能登録
・宅地建物取引主任者/
私達が日常蓄積しているノウハウはそのように活用して皆様のお役に立てればと考えています。
私は平成8年に信託銀行に入行し、不動産事業部門に約7年従事する中で、不動産仲介、コンサルの実務を、法人営業部門に約3年従事する中で銀行の主力業務である法人融資業務を経験させていただきました。業績が不芳な融資先を担当した際には顧客サポートと
取引縮小の社内圧力との間で対応に苦慮したケースもありますが、そのようなケースほど真摯に対応した先からは感謝をされたと思います。
その後、不動産投資コンサル会社に転職した後は、投資家として、また投資家のコンサルタントとして投資サイドから不動産取引、銀行との取引の進め方について理解を深めさせていただいたと思います。投資家は投資の結果が後々明確に出てきますが、投資案件がすべて利益を獲得できた、とはなかなかいかないものです。大きく躓く前に手仕舞いする勇気も必要だと実感したケースもありました。
それぞれのサイドに立って考えた場合に、銀行には銀行の、投資家は投資家なりの論理を持っており、これらの基本的な考え方を理解の上で手続きを進めないと、取引が円滑に成立しないとの実感を持つに至りました。これらを予め知っているならばより良い対応ができることにつながり、コンサルティングを実施する意味が出てくるとも感じました。
任意売却は単なる不動産取引ではなく、様々な事情からの再出発の機会だと思っています。
私自身の金融、相続、不動産の知識を総合的に活かして皆さんのお力になれればと願っています。
私達は皆様の今後の希望に応じて具体的な解決案を提案できると思います。皆様の相談をお待ちしております。
相談員 高橋 愛子

<経歴>
日本大学 商学部卒業
不動産会社(賃貸仲介、管理)にて5年間店長を努め、現職に至る。
宅地建物取引主任者
住宅ローンアドバイザー

<著書>
「任意売却ってご存知ですか?」
(ファーストプレス/2011年1月)
私が任意売却に出会ったきっかけは、賃貸不動産会社で働いているときのことでした。
40代位の女性のお客様がかなり切羽詰った状態で来店されました。事情を聞くと自宅が競売になってしまい、今すぐにでも出て行かないといけないという状況で、保証人もいなく困っているとの事でした。その方は何とか物件が見つかり、無事お引越をすることができました。その時に私は競売とは言葉では聞いたことがありましたが、怖くて大変な状況で家を追い出されてしまうという漠然としたイメージしかなく、どんなものかわかりませんでした。
そこから色々と競売について調べていくうちに競売にならないで済む方法として任意売却というものがあるということを知りました。
競売と違い、債務者の方はもちろん、債権者にもメリットがあり、何よりも知らないで苦しんでいる方を少しでも助けたいといった思いから、任意売却専門のコンサルティングをはじめました。
ご相談者の中には様々なご相談があります。家庭環境、借入状況、相続問題、病気、他人や家族までにも相談できる悩まれている方々が多数いらっしゃいます。最近では、不景気の影響で、リストラ、ボーナスカット、派遣切り、就職難など自己の責任ではなく、社会のゆがみのせいで苦しんでいる方もいます。
私は、少しでもその方々の悩みを取り除き、最大限良い方法を見出し、進めて行きたいと思っています。相談者の方からは、「高橋さんと出会った日から眠れるようになりました」とよく言っていただきます。一人で悩み、眠れない日々を過ごしている方は沢山います。一人でも多くその方々の悩みを解消し、眠れる日々を過ごして欲しいと思います。
任意売却専門だからこその、債権者との交渉力、市町村との差押解除交渉、物件販売力、金融機関とのリスケ交渉、借り換え、買戻し、残債のフォローには自信があります。
他で断られてしまった方でも、大丈夫です。少しでも早いご相談が解決のカギになります。
相談員 田野尻 一仁

<経歴>
不動産業界で営業マンをやってきました。
・賃貸仲介業 4年
・新築マンション販売 4年
立ち上がることができるんです
結婚したばかり、しかも娘ができたばかりの頃、不況のあおりをうけ前の会社が傾き始めました。しかも結婚に向け住宅を買ったばかりです。
一気に幸せムードから蹴り落とされ、嫁には余裕な顔を見せていましたが実際は不安のどん底でした。
今後の生活や住宅ローンの返済をどうしようか悩み、ネットなど検索すると『任意売却』という言葉を知りました。
と同時に『任意売却』の求人募集が出ていたので運命的なものも感じ、入社しました。以来、現在も猛勉強の日々であります。
学生の頃、賃貸マンションの内装のアルバイトをやっており、初めて自分一人で部屋のクロス貼りを仕上げた時、達成感とこれから誰かが住むんだと思うと感動を覚えました。
しかもいくつか内装をしていくうちにいろんな間取りがあり、自分の知らないマンションに行くのが楽しみでした。
住宅に興味が出て、お客様がどういう思いで部屋を選ばれているのかも知りたかったので就職先は賃貸仲介業を選びました。
家賃1万円台~20万円を越える数多くのお部屋を案内し、人それぞれ条件や趣向の違いがあって楽しかったし勉強にもなりました。
さらに自分を向上させる為に新築マンション販売に携わることになり、多くの人の新しいスタートとして喜びの声を聞きました。
しかし今の仕事に携わるようになって知ったのは、住宅ローンで苦しんでいる人がいるということです。
売却したいけど売却できない、給料が減って返済が滞りそうという声をよく聞きます。
ただ単に住宅を進めるものじゃなく、お客様の将来のことも考えないといけないんだなぁと過去の自分に反省をし、任意売却という形で少しでも住宅ローンでお悩みの方の心の負担を軽減できたらと思ってます。
日々の勉強で知識を得てお客様の抱く不安が少しでも無くなるように全力でお手伝い致します!
高校の時、過酷なクラブの練習を終えへばりついている時、鬼の形相で監督がやってきました。
みんな殺されると思い逃げたのですが監督が一言「立ち上がれるやん」。
そう人はどんなに辛くてもしんどくても立ち上がることができるんです。
だからこれから共に立ち上がっていきましょう。
相談員 水戸 信也

<経歴>
自動車販売の営業を経験し、
その後法律事務所にて補助者として勤務。
2009年より現職
ご相談をお待ちしております。
私が任意売却について知ったのは、前職の法律事務所勤務時代に債務整理や自己破産のご相談を受けた時でした。
法律家でも困っている方々のお力になれることはありますが、元々、不動産業にも興味があったということもあり、現職に挑戦したいと考え、この業界に飛び込みました。いざ、仕事を始めてみると、ご相談者様は皆さんそれぞれの事情を抱えておられ、心底、ご協力したいと思う毎日です。
以前、担当させて頂いたご相談者様は、ご家族お二人住まいでしたが、ご高齢だったり、ご病気を抱えておられたりで、働きたくても働けず、税金はもちろん健康保険料の支払いも出来ず、ご病気なのに病院に行くこともできないという状況でした。さぞ、お辛かったと思います。
先ずは、任意売却ができるかどうか、債権者との交渉から始めました。次に同時進行で市役所に行き、税金の滞納で差押えられたご自宅の差押え解除の交渉をします。
このご相談者様の場合は、収入が無いため、生活保護の受給手続きも必要でしたので、ご相談者様とともに受給手続きにも行きました。その間にもインターネットに物件の広告を載せたり、チラシ撒きをしたりしながら買手を探します。ご相談者様が折角手にされたご自宅を断腸の思いで手放されるのですから、一日でも早く、一円でも高く売却できるよう、あらゆる手を尽くすことが我々の使命だと思っています。
また、ご相談者様は皆様、日々不安を抱えて生活していらっしゃいますので、状況は逐一ご連絡し、少しでも不安を取り除けるよう、ご相談者様とのご連絡は密に取らせて頂くよう心がけております。そして、買手がついたら、ご相談者様の新しいお住まいもこちらでお探しし、本当の意味での安心を手にして頂けるよう、必要であれば、弁護士の紹介をしたりと、ご自宅の売却が済んでからも、私たちがご協力できることは、とことんお付き合いさせて頂きます。
前述のご相談者様からは、涙ながらに御礼のお言葉を頂戴し、後日、お手紙でもご丁寧な御礼の文章を頂戴しました。このお手紙を拝見し、この仕事をやっていて本当に良かったと思いましたし、これからも誠心誠意頑張ろうと思い、逆に私が励まされた出来事でした。
今、このサイトをご覧になっていらっしゃる方の中にも、悩みや不安を抱えていらっしゃる方がいるかと思います。是非、勇気を出してご相談下さい。ほんの僅かでも私どもがお力になれることもあるかもしれません。ご連絡をお待ちしております。
相談員 藤本 泰典

<経歴>
東京農業大学 中退
ITベンチャー企業での勤務を通じて、不動産業界に知遇を得る。
以来、任意売却の社会的重要性に強く関心を抱いて、転職を決意。
2007年より現職。
宅地建物取引主任者
この仕事に就く前、わたしはベンチャーIT企業に勤めていました。
その時のお客さんの半数以上が不動産会社さんであったこともあり、不動産業界にものすごく興味を持っていました。
日に日に膨らむ興味で、いずれ不動産業界で働きたいと思っていた時、打合せで伺ったある不動産会社さんで細かいお仕事内容等を聞いていると、『ウチは任意売却ってのをやってんだよ。』と聞かされました。それが【任意売却】を初めて知った時でした。
初めて聞く任意売却という仕事の中身にとても惹かれ、その日は打合せを忘れて社長の任意売却の説明に聞き入ってしまいました。
それからしばらくして、悩み抜いた末、不動産業界で働く決心で会社を辞め、知合いの会社で学びんだ後、今のこの仕事を紹介してもらいました。
今でこそ知名度・認知度が上がってきた【任意売却】ですが、入社した当時や自分がIT企業で働いていた時はまだまだ認知度があまりに低く、任意売却をやっている会社も極めて少なかったのです。
そんな中、2度も任意売却に巡り会った事にひどく感動し、運命的な気さえしました。
それから日々学び、経験し、精進していく中で、多くの債務者さんと出会い、任意売却をお手伝いさせて頂いてきました。
涙ながらにご相談に来られた方が、任意売却成約後笑顔で『ありがとうございました。』と言って頂けるのがわたくしの最大の喜びですが、辛い瞬間も幾つかありました。
最も辛いと思うときは、任意売却を成立させる事が出来ず、競売になってしまった時です。
当社には、元々他社さんで依頼をされていましたが、そこでは結局出来なかったり、断られたり、何もしてくれなかったり・・等の理由で駆け込み寺として来られる方も少なくありません。
しかし、Kさんの場合、既に競売の手続きが進んでおり、ご相談頂いた時は入札間近で、最優先の全速力でやりましたが結局間に合わず、競売になってしまったのです。
あと1ヶ月、せめてあと2週間あれば・・・と悔やみ、Kさんも『仕方ないです。頑張ってくれてありがとうございました。』言ってくださいましたが、寂しげな笑顔はとても悲しいものでした。
任意売却は、ご相談が早ければ早いほど成約率は100%に近づきます。
選択肢ややり方も幅が出来、ご希望にも添え易くなります。逆に言えば遅くなってしまう程、制限・条件が増えたり等窮屈になってきます。
競売手続きが進んでしまっている方は勿論、住宅ローンの滞納が1~2ヶ月の方、生活状況の変化で支払いが困難になりそうな方でも、なるべく早期に、お気軽にご相談して頂ければと思います。
相談員 松井 健一

<経歴>
相談員となるまでは、アルバイトをしながら司法書士試験を受験。
2010年3月~ 任意売却119番相談員
毎日、多くの方から相談電話がありますが、相談者1人1人さまざまで、相談の内容や状況など違うので幅広い知識が求められることとなり大変ではありますが、そのために日々新しい情報を手に入れ自分自身の能力向上もできるという喜びがあります。
そして、相談者の方から電話をしたことをキッカケに、「不安や問題が解決に向かい新たな生活ができそうです」、「電話をして良かったです」と言って戴いた時は何とも言えない喜びがあり、この仕事をしていて良かったと思える瞬間です。
銀行から督促状等の書類が届いて驚いて電話をしてきた方もおられますが、解決の道はいくつかあるので、状況を把握して安心して頂けるように話をしております。
この仕事をするにあたって、相談者様の不安などを少しでもなくなるように、また、相談者様にとって1番良い解決方法をご提案することが出来るようにと心がけて仕事をしております。
仕事をしながらなのでなかなか勉強できていませんが、いつか念願の司法書士になって、より幅広い範囲で相談者の皆様のお役に立てるようになりたいと思っています。
<相談者の方へ>
いろいろな不安があり、電話をするのも勇気がいるかとは思いますが、まずは1人で悩みを抱え込まないで相談をしてみて下さい。 私たちが、出来る限り希望に沿うことができるように力添えをさせて頂きますので安心して相談して下さい。
夫婦問題研究家 岡野 あつこ
<経歴>
1976年 立命館大学産業社会学部卒業(専攻:職業心理学)
1991年 岡野あつこの離婚相談室設立
1993年 バツイチネットワーク (株)カラットクラブ運営開始
1996年 新婚再婚紹介所開設
2001年 離婚カウンセラー養成スクール開講
2004年 AZCOブライダルサロン ~結婚相談所~ 開設
2009年 立教大学大学院
21世紀社会デザイン研究科博士課程(前期)卒業 MBA取得
離婚・再婚相談のほかにも、幅広い人脈を生かしたキャスティングに定評があり、イベントの企画も精力的に行う。歯切れのよいコメントや的確なアドバイスは各種のセミナー、講演でも話題。
現代女性人名録に名を連ねる女性企業家として活躍する一方、時折見せる一児の母としての一面も共感を呼ぶ。
夫婦問題カウンセラー岡野あつこです。
私達は、離婚させることが目的ではなく、離婚問題に直面した時に離婚、修復どちらにしてもどうしたらよりよい幸せな人生を選択できるかをアドバイスします。
仕事をしながらなのでなかなか勉強できていませんが、いつか念願の司法書士になって、より幅広い範囲で相談者の皆様のお役に立てるようになりたいと思っています。

<著書>
「夫という名の他人 夫婦の岐路に立つあなたに」(実業之日本社/2008年2月)
「ちょっと待って その離婚! 幸せはどっちの側に?」(実業之日本社/2005年12月)
「離婚なんてもったいない!」(ゴマブックス)
「[改訂版] これだけは知っておく 離婚の手続きと進め方」(弁護士:川口和子監修/日本文芸社/2009年7月)
「夫婦でいるの、やめますか?」(実業之日本社/2008年4月)
「熟年離婚の相談室」(C&R研究所/2007年10月)
「??, ???? ??? ???(韓国版「ウソつきは、幸せのはじまり)」(ミジェラン社/2007年6月)
「まだ、僕の妻でいてくれますか?」(グラフ社/2006年10月)
「本当に、離婚を選びますか?」(すばる舎/2006年8月)
「夫のための熟年離婚回避マニュアル」(九天社/2006年5月)
「妻のための熟年離婚とお金の話」(九天社/2006年5月)
「あなたのとなりの熟年離婚」(主婦と生活社/2006年4月)
「ウソつきは、幸せのはじまり」(幻冬舎/2006年1月)
「男の知らない、女の愛し方―女がそっと教えるHの話」(半蔵門出版/2005年4月)
「あなたもぜったい!幸せなカップルになれる」(ゴマブックス/2004年9月)
「弁護士とカウンセラーが答える離婚相談室」(岡野あつこ×橋下徹/池田書店/2004年4月)
「再婚の達人―今度は必ずうまくいく!」(廣済堂出版/2003年10月)
「それでもやり直したい二人のためのマニュアル」(NHK出版/2001年11月)
「離婚して幸せになる人不幸になる人」(ビジネス社/2001年2月)
「離婚―その後」(恒友出版/2000年11月)
「離婚女性たちの生と性。」(実業之日本社/2005年12月)
「熟年離婚 (岡野あつこ監修)」(英知出版/2006年2月)
「岡野流離婚の三原則」(キルタイムコミュニケーション/2000年4月)
「リコンの花道」(主婦と生活社/1995年10月)
「完全離婚マニュアル―女のホンネ版」(ビジネス社/1995年5月)

























